花燃ゆ6話の感想 高須久子(井川遥)と野山獄 寅次郎との恋も!?

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「女囚、高須久子と高須糸の切ない再会!人間、学ぶことの大切さを感じる回でした」

 

6話から生まれた名言

(寅次郎)
天はある者を見込んで
その才を試そうとする時
まず 試練を与える。

逆境こそが人を育てる。
人を大いなるものにする。
獄も またしかり

 

(寅次郎)
すべての感情は
もともと人の本性の中に
備わっているもんなんです。

一生 獄の中にあろうと
心を磨き 己の心に目を凝らし
誠を尽くせば
人は 生まれ変わる事ができる

 

(高須久子)
娘は 私を憎いと言いました。

でもどうした事でしょう。

その言葉を聞いた時
初めて分かったのです。

生きて傷つく事も
償いではないかと。

 

(糸)
二度と ここには参りません。

私は あなたを憎みます。

憎んだ人の事は
忘れないでしょうから

 

(高須久子)
これから先 あなたが嫁ぎ
子をなしても二度と あなたの前には
姿を見せません。

それでも今日は 会えて
うれしゅうございました。

 

(富永)
うん… うんうん… よう気付いた。
わしの文字に よう気付いた。

吉田の妹の慧眼 恐るべし。

 

6話の感想

今回の「花燃ゆ」第6話のタイトルは「女囚の秘密」。

 

女囚と言うのは寅次郎と同じ野山獄にいる高須久子のことです。

この高須久子を演じているのが井川遥。

元グラビアアイドルから女優に転身してきただけあり、

本当に綺麗な女囚として描かれていました。

 

配役として、なかなか良い人選だったと思います。

 

なぜ、高須久子が獄に囚われているかというと、不貞が原因のようです。

今の時代だと、たとえ不倫をしたとしても、牢獄に行くことはありません。

せいぜい、慰謝料を請求されるぐらいでしょう。

時代が変わればこれだけ罪に対する罰が違うわけですね。

今の時代に生まれて良かった…なんて現役不倫中の方もいるかもしれませんね。

 

高須久子は、吉田松陰が獄から出たあとも長い間、出られません。残念なことに。。

不貞を許さなかった家族の反対があったことも大きかったようです。

高須久子は、不貞についてはわかりませんが、

現代人の感覚に近い自由平等主義だったと言われています。進歩的だったのですね。

それがまた吉田松陰と波長や考えがあったのでしょう(二人の恋も歴史の中で噂されています。)

長生きしますが、いわゆる普通の幸せを抱いていたかどうかは微妙なところだと思います。

達観しているようなこころの強い持ち主のようにも感じられましたが。

 

さて、今回のハイライトはこの高須久子と娘の高須糸の対面にあると言って良いでしょう。

久子は娘に一目会うために文を利用して、糸を怒らせて会いに来させたという筋書きでした。

 

まんまと利用されていたとも言えますが、天然主義の主人公らしい活躍でもあります。

 

文が番組の展開において、

ご都合主義的に登場している感がしないでもないですが、

まあそれほど違和感は無かったので良しとしましょう。

 

それにしても、この野山獄につながれている囚人は個性的で面白いですよね。

 

特に本田博太郎演じる富永有隣はこれまで嫌な奴代表と言う感じで描かれていたわけですが、

文が差し入れた筆一本でコロッと変わってしまいます。

それで皆の習字の添削なんかをやったりしています。

 

また野山獄最年長の大深虎之丞もいい味出してますね。

今まで囚人だった人たちが寅次郎と文の影響によって、

学習を始めたりすることでどんどん変わっていく様子がわかります。

 

番組を見ている中で人間、学ぶことは自分を輝かすことだということに気づかされました。

 

学校を卒業すると勉強も卒業…なんて思っている人もいるかもしれませんが、トンデモナイ間違いです。

人間、死ぬまで勉強なんですよね。

そんな輝いている人生を送りたいなと番組を見ながら思いました。

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