『花燃ゆ』吉田松陰の妹である文がモデル

Sponsored Link

吉田松陰は、誰もが知っている日本の思想家です。

しかし、吉田松陰の妹である文のことは、ほとんどの人に知られていません。

2015年に放送される「花燃ゆ」の主人公は、この吉田松陰の妹である文の一生を描きます。

これまでも、一般にはあまり知られていない人をモデルにすることは、「花燃ゆ」以前にもありました。

しかし、ここまで一般に知られていない人をモデルにするのは、あまりあることではありません。

制作陣は、思い切った判断をしたと言っても良いでしょう。

モデルにして「花燃ゆ」を製作することに決めたのは、それだけ文の生涯が魅力的だったからです。

文は、1830年に吉田松陰の13歳年下の妹として、この世に生を受けます。

1857年には、尊王攘夷派の久坂玄瑞と結婚をして、幸せなひとときを過ごしますが、その幸せは長くは続きませんでした。

1859年に兄である吉田松陰は処刑され、1864年には夫の久坂玄瑞が「禁門の変」で自害するのです。

最愛の人を失ってしまった文は、毛利家に使えることになり、名も文から美和子に改名します。

その後の美和子は、姉の夫であった楫取素彦と再婚をします。

群馬県の県令だった楫取素彦はその後男爵になり、美和子は男爵の妻として晩年を過ごし、1921年に志望しました。

こうしてザッと紹介しただけでも、波乱の生涯であることがよく分かるでしょう。

「花燃ゆ」のタイトルには、「命を燃やし、情熱を燃やし、恋の炎を燃やす」という意味が込められています。

最愛の人の死、それを乗り換えての再婚、男爵の妻としての生活など、幕末の時代にありながら、命を賭けて恋をした文の生涯を表しているのです。

これまでの時代劇は、戦国時代や幕末など、男性を主人公にしたものが多く作られてきました。

しかし、決して歴史の表舞台に現れることはありませんが、魅力的な生き方をした女性も多くいます。

「花燃ゆ」のモデルになった吉田松陰の妹である文も、そんな女性の一人なのです。

Sponsored Link

コメントを残す

Sponsored Link


このページの先頭へ